こんにちは!
Nagu豊中です。
今回は、「怒りの矛先」について書こうと思います。
先日テレビで、とあるドキュメンタリー番組を見ました。
コロナ禍の中、さまざまな立場の人を取材した番組です。
取材されていたのは、子ども食堂のスタッフ、飲食店で働く人、路上飲みを注意する役割の人、イベントで演奏する吹奏楽部員、イベントの司会者など、多岐に渡ります。
その中で、一人の方が語られていたお話が印象に残りました。
「路上で飲んでいる、などコロナ禍で世の中から怒りを向けられる対象はいくつかあるが、怒りを向けるのは本当にそこで良いのだろうか」という趣旨のお話でした。
(メモをとっていなかったため、細かい文言は実際のお話とは違いがあります)
怒りの対象とされている行動は、ニュース番組などでもたびたび取り上げられていますね。
前述のお話は、感染予防のためのルールを破ることに批判の声が高まるのはわかるが、本当に怒っている対象はそこだろうか?という問いのようにも思います。
コロナウイルスの流行が始まってから、私たちの毎日は大きく変わりました。
さまざまなイベントが中止になり、誰かと会って食事をすることも難しくなりました。
そういった、何に向けて良いかがわからない憤りが、批判をしやすい、怒りを向けやすい対象に向くということは起こり得るように思います。
もちろん、感染予防のために決められたルールがあるので、それを破ることは褒められたことではありません。
ただ、本当に怒っているのは「今までそこにあった日常生活が一変してしまったこと」であって、「他人の行動」ではないのではないか?
怒りの矛先が向いてしまっているのかもしれない。
見ていて、そのようなことを考えさせられるお話でした。
今回の番組の内容に限らず、怒りの矛先が本来の対象ではないものに向く、ということはよくあるように思います。
わざと他のもののせいにして責任転嫁をする場合もあれば、自分自身でも何に怒っているかがわからず無意識でやってしまう場合もあるかもしれません。
怒りの矛先を向けやすい対象に向けることで、一時的にはスッキリするかもしれません。
が、根本的に解決するわけではないので、それでは怒りはおさまることはなさそうです。
その対象が人であれば、その人を傷つけてしまいます。その後の人間関係にも影響を及ぼします。
自分ではコントロールしきれない状況であったり、不安が大きくなったりすると、逃げたいという気持ちが生まれてきます(私もそうです…)。
ですが、逃げて別の何かのせいにしても、状況は好転しません。
自分が何に怒っているのか。
本当にその感情は「怒り」なのか。実は怒りではなくて「不安」「さびしさ」などの他の感情ではないのか。
これ以上怒りに吸い込まれず、穏やかな気持ちに戻るにはどうすればよいか。怒りを本来の対象にぶつけたほうがいいのか、それとも手放したほうが良いのか。
そうやって、自分がどんな気持ちでいるのか、どうしたいのかを逃げずに考えることが大切なのかもしれませんね。
もちろん、真剣に向き合い続けるのは、なかなか大変なことです。
矛先を別のところに向けるのではなく、気分転換をしたり、他の人の意見を聞いてみたりしながら、うまく怒りとつき合っていけるといいなと思います。














