こんにちは!
Nagu豊中です。
みなさんは、周囲の人と意見が違ったときにどんなふうに感じられますか?
大きく否定されたような気持ちになり、悲しい気持ちになる方もいるかもしれません。
思った通りに話が進まなくて、何となく腹が立ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんね。
私自身も、そう感じていた時期がありました。
特に子どもの頃はそうでした。
周囲と意見が違うことが多かったのですが、同意を得られないと萎縮をしてしまい自分の意見が言えませんでした。
少し大きくなると、部活動や委員会など、意見の違うメンバーが集まり活動する中でいら立つことも増えました。
他のメンバーの言動を見て、「なぜそんなことをするのか」「なぜこちらの思いが伝わらないのか」と許せない気持ちになることもありました。
でも、そのうちに少しずつ変化が起き始めました。
感じたことを自由に口にする同級生の姿が、とても生き生きとしているように思えてきたのです。
まとまりきった意見ではなく、結論が出る前のモヤモヤとした気持ちを周囲の人と共有している。
そんな同級生の姿を見ていると、間違ってはいけない、周りの人たちと同じ考えを言わなければいけないと、心のどこかで縛られていた自分に気がつきました。
誰かを傷つけるような意見は別として、必ず周囲と合わせた考えを言う必要はない。
そんな当たり前のことに気がつくと、気持ちが楽になりました。
また、集団で活動する中で、自分とは違う意見を持つメンバーのことも、受け入れられるようになってきました。
価値観は少し違っていても、尊敬できる部分もある。やっていることは違っても、大きく考えると目指す方向は似ている。
親密な関係にはなれないし、「大好き」とは思えないけれど、集団の一員として、程よい距離感があればやっていけるということに気がつきました。
何より強く感じるようになったのは、人は違うからおもしろい、ということです。
自分にはない他の視点からの考えを聞くと、自分自身の視野も広がるような気がします。
そう考えると、それぞれが誰とも似ていない意見を言えば、それだけ考えが深まっていきますね。
また、違う考えを持っているから、時には自分の基準とは違う言動をとる人もいます。それは当たり前だし仕方のないこと。
腹が立つこともありますが、「そういう考え方の人なんだろうな」とある程度は流せるようになりました。
そして、話し合いの場で自分の意見が同意を得られないことがあっても、それは考え方が違うだけ、と割り切れるようになりました。
反対意見があるのは当たり前だし、考え方が違うだけのことで、自分自身が否定されたわけではない。
そう考えると、自分を傷つけたり相手に怒りを感じなくて済むのではないでしょうか。
むしろ、同じような意見ばかりでは深まっていかないため、良いアイデアは生まれないようにも思います。
人は違うからおもしろい。
それが前提にあると、人との違いが気にならなくなるように思います。
そして、同じような部分、似ている部分を見つけたときの喜びが大きくなります。
「タイプの違う人だと思っていたけど、実は考え方が似ていた」なんてことがあると、一気に親近感がわきますね。
人間は一人一人違うので、相手の気持ちをコントロールすることはできません。
自分の考えに賛同してほしいと思っても、常に賛同してもらうことは難しい。
でも、賛同してくれない=自分を認めてくれていない、ではありません。
いろいろ思い通りにいかないことはありますが、考え方が違ってもやっていける方法を見つけていけるといいですね。














